東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)175号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 請求の原因四、1の主張について
(一) 成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例の発明の詳細な説明には、「この支持子16の環状永久磁石体19の各磁極は前記走行子12の環状永久磁石体13の各磁極と互いに反対の磁極となるように対応せしめられる。したがつて、走行子12と支持子16には互いに異なる方向の磁力線が通り、これによつて支持子16は導管10内の走行子12に対して磁気的に吸引され、走行子12と一体的に移動せしめられる。」(第二頁右上欄第一〇行ないし第一七行)と記載されていること、引用例記載の発明の実施例を示す図面である第2図、第3図(別紙図面(二)第2図、第3図)には、環状永久磁石体13と同19とが互いに吸着するような極性を設けた構成が記載されていることが認められ、右認定事実によれば、引用例記載のものにおける内走子(走行子12)の環状永久磁石体13と外走子(支持子16)の環状永久磁石体19とは磁気的に互いに吸引し合うものであることは明らかである。
ところで、前掲甲第三号証によれば、引用例の第2図、第3図には、環状永久磁石体13と同19とが同心的に配置されたものが示されていることが認められるが、環状永久磁石体13は軸12cに遊嵌されているから(この点は当事者間に争いがない。)、「放射方向に若干移動する」(引用例第二頁左上欄第一一行)ことがあり、環状永久磁石体13の中心が導管10の中心と常に一致するということはできない。しかし、同号証によれば、引用例の第3図には、環状永久磁石体13と軸12cとの隙間が小さいものが示されていることが認められるから、環状永久磁石体13が走行中に揺れ動いて放射方向(半径方向)に若干移動したとしても、その移動は軸12cに遮られ、環状永久磁石体13の中心と導管10の中心とのずれは少なく、したがつて、環状永久磁石体13と同19とはほぼ同心に近い状態にあるものと認めるのが相当である。
なお、前掲甲第三号証によれば、引用例記載のものは、「軸12cには扇形永久磁石13aを隣接する磁極が交互に異なるように環状に配列してなる環状永久磁石体13が軸方向に並列するように遊嵌され」(引用例第二頁左上欄第六行ないし第九行)、「(支持子16の)内部には扇形永久磁石19aを磁極が交互に異なるように環状に配列してなる環状永久磁石体19を長手方向に複数個設けている」(同第二頁右上欄第七行ないし第一〇行)ものであること、すなわち、環状永久磁石体13、同19は、それぞれ扇形永久磁石13a、同19aによつて構成されるものであり、それらが環状に配列されているものであることが認められるから、環状永久磁石体13、同19の形状は「環状の」といつて差し支えないものというべきである。
したがつて、引用例記載のものについて、「環状の磁石(13、19)を、同心的に、互いに吸着する極性を設け、」とした審決の認定に誤りはない。
次に、前掲甲第三号証によれば、引用例の第3図に記載されている環状永久磁石体19は、支柱11を通過できるように溝を有していることが認められ、右認定事実によれば、引用例記載のものにおいて、環状永久磁石体13と同19との間に働く吸引力は完全に対称的な関係にあるとはいえない。しかし、同号証によれば、引用例の第3図に記載されている、支柱11を通過する溝の環状永久磁石体19全体に占める割合は非常に小さいものであることが認められ、右認定事実と、環状永久磁石体13と同19とは、前記のとおり、ほぼ同心に近い状態にあることを併せ考えると、管を挟んで全周で対向する環状永久磁石体13と同19との間に働く吸引力は、ほぼ対称的に作用するものと認めるのが相当である。
したがつて、引用例記載のものについて、「相対向する磁石の吸引力が上下、左右にほぼ等しく作用して、管の内外壁の圧迫が均等になるようになつた」ものであるとした審決の認定に誤りはない。
(二) 原告は、引用例記載のものにおいて、環状永久磁石体13は個々に分割されたものが軸12cに遊嵌されており、また、面方向の磁気力はスライド方向のそれよりも数倍強いから、環状永久磁石体13が環状永久磁石体19と強く磁気結合すると、環状永久磁石体13相互間の左右の結合は極めて弱いものとなり、環状永久磁石体13の個々の磁石は外側が大きく、内側は小さいものであるために磁気力に差異があることも加わつて、環状永久磁石体13の環状形は崩れて個々の磁石が突出し、導管10の内壁をこすることになる旨主張する。
しかしながら、引用例記載の発明も本願発明と同様、磁石パイプ輸送方法に係るものである以上、引用例記載のものにおいて、内走子及び外走子の走行に支障を来す右のような不都合が生じないよう、適宜の設計手段が講じられるべきものであることは当然のことであると考えられる。そして、例えば、環状永久磁石体13と軸12cとの隙間を、環状永久磁石体13と導管10との隙間より狭いものとなるように設計すれば、環状永久磁石体13と同19が磁気結合して環状永久磁石体13が放射方向に若干移動したとしても、その移動は軸12cに遮られ、導管10の内壁をこするというようなことが生じないことは明らかである。
前掲甲第三号証によれば、引用例の第2図には、環状永久磁石体13の上側一部と導管10の内壁が接触しているものが示されていることが認められるが、実施例を示す図面は当該発明の内容を理解しやすくするために明細書の補助として用いられるものであり、設計図面のような正確性は要求されていないから、引用例の第2図の右記載をもつて、環状永久磁石体13が導管10の内壁をこすることを裏付けるものとすることはできない。また、引用例の発明の詳細な説明には、「このため、導管のカーブを通過する際に走行子12の外周面はカーブの曲率に応じて若干彎曲するのでカーブの通過が極めて円滑となる。」(第二頁左上欄第一一行ないし第一四行)と記載されていることが認められるが、右記載が、環状永久磁石体13が導管10の内壁をこすることを前提とするものでないことはその文言からいつて明らかである。
したがつて、原告の前記主張は採用できない。
次に、原告は、引用例記載のものにおける磁石は、内走子、外走子共各個体のNS異極が接触しているため、磁力線は内走子、外走子それぞれの中で回路を作り、内走子と外走子との間には磁気力が生じないか微弱なものとなる旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、引用例には、「走行子12と支持子16には互いに異なる方向の磁力線が通り、これによつて支持子16は導管10内の走行子12に対して磁気的に吸引され、走行子12と一体的に移動せしめられる。」と記載されているとおり、引用例記載のものにおいては、内走子と外走子との間に磁気力が生じることは必須の技術事項であるから、原告の右主張は理由がないものというべきである。
以上のとおりであつて、請求の原因四、1の主張は理由がない。
2 同2の主張について
(一) 原告は、引用例記載のものにおいて、環状永久磁石体13と同19とが強く磁気結合すると、環状永久磁石体13の環状形が崩れて個々の磁石が突出し、それが導管10の内壁をこすつて大きな抵抗を生じ、内走子のローラー14は無用のものとなるという欠点を有するのに対し、本願発明における磁石は内走子、外走子のそれぞれに剛結合されているので、管の内外壁を圧迫する力は相互に相殺され、又は消去されて利用したい牽引方向の力だけが残ることになる旨主張する。
しかしながら、引用例記載のものにおいて、環状永久磁石体13と同19とが強く磁気結合しても、環状永久磁石体13の環状形が崩れて個々の磁石が突出し、それが導管10の内壁をこするようなことがないことは、前記1、(二)において説示したとおりである。
ところで、成立に争いのない甲第二号証の一によれば、本願明細書(昭和五九年九月一三日付け手続補正書添付の明細書)の発明の詳細な説明には、「内走子7、外走子8は夫々に固定してある磁石が第六図の様に吸着し合い、あるいは反発し合つて、内、外走子の個体内で力は相殺され、著しくP従つてQが軽減される。」(第五頁第一五行ないし第一九行)と記載されており、右「P」は管の内外壁を圧迫する力、「Q」は摩擦抵抗を意味するものであることが認められる。
しかしながら、本願発明においても、内走子や外走子、あるいは管の製作誤差並びに内走子や外走子の走行中の揺れなどにより、内走子や外走子の中心と管の中心とを内走子や外走子の走行中常に完全に一致させることが技術上不可能であることは自明であり、この点は、前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書に「内外磁石1と管壁のすき間13は総てが正確であれば、少なければ少ない程良いが、実際には製作上の誤差、管を曲げた為の変形、磁石の長さ等を計算して適当に選定しなければならない」(第六頁第二行ないし第七行)と記載されていることが認められることからも裏付けられる。
右のとおり、本願発明において、内走子や外走子の中心と管の中心とは、内走子や外走子の走行中常に完全に一致しているわけではないから、内走子や外走子が走行中に揺れ動いて半径方向に若干移動した場合、管壁に近づいた側の磁石の吸引力は大きくなり、逆に管壁から遠ざかつた側の磁石の吸引力は小さくなるのであつて、磁石が管の内外壁を圧迫する力が完全に相殺又は消去されることはなく、偏差分の吸引力がローラを介して管の内外壁を圧迫することになるものと認めるのが相当である。そして、ローラを介して管の内外壁を圧迫する力が、磁石の吸引力だけでなく、内走子、外走子並びに被輸送物に働く重力、走行中の内走子や外走子の半径方向の移動による力などによつて形成されることは技術的に自明の事項であるといつてよく、前記偏差分の吸引力はその一部にすぎないものというべきである。
他方、引用例記載のものにおける環状永久磁石体13と同19の吸引力は、前記のとおり、上下、左右に等しく(対称的に)作用するものではなく、前掲甲第三号証によれば、右吸引力の作用が完全に対称的でないことに起因する偏差分の吸引力は、ローラ14、20を介して導管10の内外壁を圧迫するものと認められる。
しかしながら、前記のとおり、環状永久磁石体13の中心と導管10の中心とのずれは少なく、環状永久磁石体13と同19とはほぼ同心に近い状態にあり、且つ、支柱11を通過する溝の環状永久磁石体19全体に占める割合は非常に小さいものであるから、環状永久磁石体13と同19との間に働く偏差分の吸引力は小さいものであると認めるのが相当である。そして、ローラ14、20を介して導管10の内外壁を圧迫する力が、環状永久磁石体13と同19の吸引力だけでなく、内走子、外走子並びに被輸送物に働く重力、走行中の内走子や外走子の半径方向の移動による力などによつて形成されることは、本願発明におけると同様であることは明らかであるから、導管10の内外壁を圧迫する前記偏差分の吸引力は、ローラ14、20を介して右内外壁を圧迫する力の一部を占めるにすぎないものというべきである。
そうとすると、内走子と外走子の磁石の吸引力が管の内外壁を圧迫する力に関して、本願発明と引用例記載のものとの間に特段の差異があるとは認め難い。
右のとおりであつて、原告の前記主張は採用できない。
(二) 次に、原告は、引用例記載のものにおいては、磁力線が内走子、外走子それぞれの中で回路を作り、内走子と外走子との間には磁気力が生じないか微弱なものとなるが、本願発明は、内走子、外走子とも各個体に設けた磁石の間隔を、対向する内走子、外走子の磁石間隔より十分大きく取つたので、右のような不都合は生じない旨主張する。
しかし、前記1、(二)において説示したとおり、引用例記載のものにおいて、内走子と外走子との間に磁気力が生じることは必須の技術事項であるから、引用例記載のものに前記不都合があることを前提とする原告の主張は失当である。
(三) 更に、原告は、本願発明に係る方法では、スライド方向の力だけをいかようにも大きくすることができ、製作誤差が少なければ管と内走子、外走子との抵抗を零にすることができるし、磁力が大きくなるほど製作誤差による抵抗発生の割合も逆に減少するという特長もある旨主張する。
しかし、前記1、(二)において説示したとおり、引用例記載のものは、環状永久磁石体13が同19に吸着されて導管10の内壁をこするというようなものではなく、右各磁石体の磁力が強力になつたとしても、その吸引力により管壁に対する抵抗が増大するということもないのであつて、この点では本願発明との間に差異はなく、原告の主張する右作用効果は本願発明に特有のものであるということはできない。
右のとおりであつて、請求の原因四、2の主張も理由がない。
以上のとおりであるから、審決に原告主張の違法はないものというべきである。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
管の中心線を含む平面と、流体によつて管内を走行する内走子と、これに対応して管外を走行し被輸送物を搬送すべき外走子の左右対称平面が一致する位置で、この平面に対し対称配置した磁石を、それぞれ内走子、外走子に剛結合し、管の内外で相対向する磁石の吸着力を用いる場合は左右共吸着し、それぞれ同じ側のものが相対向する磁石の間隔より狭くならないように、また反発力を利用する場合は左右共反発するようにし、管の内外壁を圧迫して生ずる摩擦抵抗を軽減してする磁石パイプ輸送の方法。